意識のテッペン調査隊 第二回 戸田啓太インタビュー

トライアスロンに青春を捧げる、「一橋のアイアンマン」を直撃!

こんにちは。ライターのMC菩薩です。

8月17日に公開された「意識のテッペン 第一回 川崎絢未インタビュー」、予想以上の大反響を頂きました。「意識の高い人自分より意識の高い人を紹介してもらえば、最終的に意識のテッペンに辿り着くのではないか」という思いつきで始まったこの企画。第一回でインタビューした2014年度新入生総代・川崎さんの意識は、まさにエベレスト級の高さでしたそのあまりの優秀さに衝撃を受けた方も多いと思いますが、この記事を書き上げた後、率直に僕はこう思ったんです。

「エベレストより高い山、無くね……?」

 

(「エベレスト フリー素材」でググったら出てきた富士山の綺麗な写真)

 

 

エベレストといえば、言わずと知れた世界最高峰の山。世界中にエベレストより高い山は存在しませんし、いわばエベレストこそが「地球のテッペン」なわけです。

 

 

そう。先ほど僕は川崎さんの意識をエベレストに例えましたが、エベレストが地球のテッペンであることをふまえると、この場合川崎さんこそが「意識のテッペン」であり、川崎さんより意識の高い人間はこの地球に1人足りとも存在しないことになってしまいます。

 

 

「意識の高い人にもっと意識の高い人を紹介してもらう」という趣旨のこの企画でしたが、初回からテッペンに到達してしまってはもはやどうしようもありません。このままダラダラと企画を続けてもしょうがないので、打ち切りにさせていただきたいと思います。はい、終わり!この企画もうやめ!!!やめた!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と言ってやめるわけにはいかないので、発想を転換してみることにしました。

確かに地球の最高峰はエベレストですが、視点をもっと広く持ち、宇宙に目を向けてみれば、エベレストより高い山は無限に存在するはず。例えば、月の最高峰は10750mでエベレストの8848mを大きく上回りますし、太陽系の最高峰・火星のオリンポス山に至っては、標高27000m以上とエベレストの3倍以上の高さです。地球というフィールドで川崎さん以上の意識の持ち主を探すのは至難の業ですが、宇宙という異なるフィールドで考えれば、川崎さんと同格か、それ以上に高い意識の持ち主が見つかる気がしますよね。

そんなわけで今回は、川崎さんとは異なる「スポーツ」というフィールドで、意識のテッペンを調査してみました。インタビューのお相手は、PACE1繋がりで川崎さんから紹介していただいた、商学部2年生の戸田啓太さんです。

 

 

慶應大学のトライアスロンチーム「Team J.」に所属し、トライアスロン経験は1年強ながら数々の大会で好成績を収めている戸田さん。これまでの戦績をまとめると、こんな感じです。

 

2014/9 昭和記念トライアスロン大会優勝

2015/5 彩の国トライアスロン大会優勝

2015/6 海浜幕張トライアスロン大会優勝

2015/6 関東学生大会で全国大会出場権獲得

2015/7 昭和記念トライアスロン大会3位

凄すぎてよくわからないけど、とにかく凄いのはわかりましたよね?そんな戸田さんですが、トライアスロンへの姿勢は一言で表すなら「超絶ストイック」。スポーツに関する意識の高さは、まさにオリンポス山級でした。

 

 

ということで、早速インタビューの模様をお届けしていきます。チェケラ!

意識のテッペン調査インタビュー


――ヒトツマミ編集部です。今日はよろしくお願いします。

 

「お願いします。」

 

――まずは生い立ちについて伺います。生まれはアメリカなんですよね?

「はい。ニュージャージー州で生まれ、1歳半の時に日本に帰り、その後8歳の時に父親の仕事の関係でイギリスに移り住みました。イギリスでは右も左も分からないまま現地校に放り込まれ、早く日本に帰りたいとばかり思っていたのですが、1年半くらい経つと徐々にコミュニケーションが取れるようになりました。ちょうどその頃からスポーツにのめり込み始め、暇があればサッカー、卓球、水泳、テニスなど家の近くで何かしらのスポーツをやっている感じでしたね。イギリスでは身の回りに好きなように好きなだけスポーツが出来る環境が整っていて、そういう面では恵まれていたと思います。」

 

――その頃からスポーツが大好きだったんですね。

 

「そうですね。それで、中1の終わりに日本に帰国し、桐蔭学園に入学しました。他の部活と迷った末に陸上部に入り、そこからは陸上漬けの生活でした。毎朝7km走り、その後授業を受け、放課後に16km走るみたいな生活を週5でやってました(笑)。中学の終わりに駅伝大会があって、その大会が中学陸上の花形みたいな感じなんですけど、そこで県8位に入賞したんですね。その経験が忘れられずに高校でも陸上を続け、受験勉強が本格化する高2の秋まで陸上一色の生活を送りました。」

 

――受験期はスポーツから一旦離れたんですか?

 

「最初の頃は全く運動していなかったんですが、それまで毎日のようにスポーツをしていたので、次第に体がムズムズするようになってきたんですよ(笑)。そんなある日、YouTubeでアイアンマン(3.8kmのスイム、180kmのバイク、42.195kmのランを行う種目)の世界選手権の動画にたどり着き、アイアンマンが本当の限界まで自分を追い込む姿勢にすっかり魅了されてしまったんです。その後すぐに9月末のトライスロンの大会に申し込み、毎日少しずつトライアスロンの練習をするようになりました。」

 

――受験期の夏に急にトライアスロンを始めたんですか!?

 

「そうなんですけど、結局大会直前に親にバレて(笑)。本当は出たくて仕方がなかったんですが、親がどうしても止めるのでしぶしぶ諦め、その後はトライアスロンのことは一旦忘れて粛々と受験勉強をしました(笑)。

 

 

――親にバレた時はどういう心境だったんですか?

 

「その頃は親の気持ちなんて考えなかったので、『2ヶ月も練習したのにふざけんな!』って思ったんですけど、今では親の気持ちも多少はわかります(笑)。受験勉強を応援してくれていたからこそ、本気で怒ってくれたのかなって。」

 

――その後一橋に受かり、トライアスロンを本格的に始めることになったと思うんですが、一橋にはトライアスロン部がありませんよね。色々な選択肢がある中で、慶應大学のトライアスロンチームに入ったのはどうしてですか?

 

「中高の陸上部の先輩にトライアスロンをやっている方がいて、その方にインカレで入れるトライアスロンチームがないか相談したところ、慶應のチームを紹介していただいたんです。それで、一橋の入学式が終わったらスーツで慶應に乗り込み、今のチームの方にひたすら頼み込んで何とか入れてもらいました。他大学のトライアスロン『部』だとインカレは受け入れてもらえないと思うんですけど、たまたま慶應にトライアスロン部がなく、サークルという形だったので自分でも入れたんだと思います。」

 

――なるほど。慶應のトライアスロンチームと並行して、一橋の水泳部にも所属しているんですよね?

 

「はい。僕は元々趣味で自転車、部活で陸上をやっていたんですが、水泳はほぼ初心者だったんです。トライアスロンってレースの最初に1.5km泳ぐんですけど、水泳初心者の自分じゃ絶対に耐えられないな、強化しないといけないなって思って、一橋の水泳部に入りました。」

 

――両団体での練習スケジュールを教えてください。

 

「慶應では週2で走る練習週2で泳ぐ練習週1で自転車の練習があります。一気にトライアスロン3種目をやるというよりは、それぞれの種目を別々に練習する感じですね。それに加えて、一橋の水泳部では朝練が週3日あります。あとは、自転車の練習が週1だと物足りないので、家から大学までの25kmくらいの距離を週2、3で自転車で通っています。家から大学まで自転車だとだいたい1時間で行けるんですけど、電車だと1時間半くらいかかるんですよ。だから、寝坊した時は必ず自転車を使います(笑)。」

 

 

――週の練習時間がとんでもないですね…。初めてトライアスロンの大会に出場したのはいつですか?

「去年の6月末の関東学生トライアスロン大会で、全国大会の選抜レースです。1年生ながら思い切って出場してみたら、痛い目に合ってしまって……。」

――痛い目というと?

「トライアスロンって最初がスイムで、そこが自分にとって一番の壁だと思っていたんですけど、その時とても寒くて、水温が16度しかなかったんですよ。足を入れてみたら冷たいを通り越して痛くて(笑)。我慢して体を入れてみると、肺から空気が押し出される感じがして、全然呼吸できなくなってしまって。体を動かそうとしても、次第に足や腕が攣り始め、全然動かせないんですよ。水中でどんどん自分の心臓の鼓動が小さくなっていくのがわかって、その時は本当に死の境界線を彷徨ってるような感覚でしたね。『トライアスロンってこんなに辛いんだ……』って。」

――レースは最後まで続けたのですか?

「何とかスイム1.5km泳ぎ切ったところでリタイアしました。その時は1時間くらい痙攣が止まらなくて、声も出なくて。それが初めてのトライアスロンの大会だったので、トライアスロンの大変さ、怖さを思い知りました。」

――そんな初めての大会を経験し、次の大会でいきなり優勝を果たすんですよね。

「はい、9月の昭和記念トライアスロン大会です。最初の大会が終わって、辛かったんですがやっぱりとても悔しくて。そもそも完走できなかったし、自分のライバルにも全く敵わなかったし。それで、自分に何が足りなかったのかを考えてみたところ、自分の体格の弱さに原因があると思ったんです。僕は他の選手に比べて細くて油が乗っていないので、スイムの時に体が冷えやすいんですよ。だから、たくさん食べて、ガタイを良くすれば多少は保温効果が生まれるんじゃないかって思って、食べる量を増やしたり、豆乳を取るようにしたりと食事に気を使うようになりました。後は8月に自転車を1000km漕いでみたりと色々な面で自分に磨きをかけ、結果的に次の大会で優勝を果たすことが出来ました。」

――競技歴5ヶ月で優勝って、凄いんじゃないですか?

「その時は本当に調子が良くて、最後のランの最中も、アドレナリンが出まくったのかそよ風を感じられるくらい気持ちよく走れました(笑)。」

 

――今年5月の3回目の大会で再び優勝を果たしたとのことですが、5月まではオフシーズンなんですか?

「そうですね。でも、今年の1月に大きな怪我をしてしまって……。トライアスロンって、水泳による水泳肩、自転車による腰椎分離症、ランによる腸脛靭帯炎っていう3つの典型的な怪我があるんですが、その3つを一気に発症したんですよ。当然全く競技は出来ず、精神的にボロボロになりました。結局シーズン開幕1週間前まで満足に練習できず、不安な気持ちで開幕を迎えたんですが、5月の大会で何とか優勝し、6月の関東学生大会では全国大会の出場権を手にすることが出来ました。ですが、見ての通り今骨折していて、一週間後の全国大会は出られるか微妙な状況ですね……。」

(編集部注:結局、骨折しながらも全国大会には出場したそうです。凄い!)

――残りの大学生活で成し遂げたいことはありますか?

トライアスロン界で、とにかく名を上げたいです。知らない人が、『戸田って知ってる?』『知ってる、一橋の戸田でしょ?』って話してるみたいな。そのために全国大会で6位以内に入賞するのが目標です。自分の弱点であるスイムを強化すれば、十分その目標が達成できるポテンシャルはあると思います。」

――ありがとうございます。川崎さんとはPACE1繋がりで紹介していただいたのですが、トライアスロンと学業との両立もされているようですね。

「トライアスロンを練習する時間を作るために、いかに効率的に勉強を済ませるかを意識しています。時間は限られているので、他の誘惑に惑わされること無く、勉強しようと決めた時間は他のことを一切やらずに勉強に集中するようにしています。」

――では、最後に今後の目標を教えてください。

「これまでは自分のトライアスロン生活でいっぱいいっぱいだったのですが、ようやく少し余裕も出てきたので、一橋でトライアスロンのチームを作ってみたいです。来年の4月に新歓して、もしトライアスロンに興味があるっていう新入生がいれば、一緒にやってみたいですね。トライアスロンって高校からやっている人はあんまりいなくて、大学から始める人がほとんどなんですよ。陸上や水泳の経験者で、今までの経験を活かしつつ、そろそろ新しいことを始めたいっていう人にうってつけだと思います。1つの競技に3つの種目があるからこそ、自分の得意分野を活かせるチャンスが多い、魅力的な競技です。」

――インタビューは以上です。ありがとうございました。

 

 

いかがだったでしょうか。大学生活をトライアスロンに捧げる戸田さんのお話、スポーツをしている方はもちろん、そうでない方にとっても非常に興味深かったのではないかと思います。

 

ちなみに、戸田さんがトライアスロンを始めるきっかけになった「アイアンマン」とは、こんな感じの種目です。

 
 

3.8kmのスイム180kmのバイク42.195kmのランを行い、制限時間内に走り切ると「アイアンマン」の称号が得られるというこの種目。想像しただけでしんどくなってきますが、これこそスポーツの原点であり、頂点っていう感じがしますよね。戸田さんのこれからの活躍、注目していきたいと思います。

以上、「意識のテッペン調査隊 第二回 戸田啓太インタビュー」でした!